医療の世界では人工知能を使った医用画像の解析が進んでいるという。しかし、いくらすばらしい技術でも、医師の望む的確な画像が撮影できなければ役に立たない。医用画像を最適化するプログラムや、画像データの品質を評価するためのファントム(模型)を研究し、新しい時代の放射線技師の育成に情熱を注いでいるのが近藤先生だ。
私は放射線で撮影した医用画像を評価するためのファントムを研究・開発しています。ファントムとは、放射線で撮影する際に、人体の代わりに使う模型のことです。通常のデジタルカメラならいくらでも試し撮りできますが、人体を使って放射線の試し撮りをすることはできません。そこで、ファントムを撮影して、撮影条件や機材の状態、被ばく線量などを確認し調整します。
ファントムの形状は、人体模型のようなものからブロック状の幾何学的なものまで、目的に応じてさまざまです。いずれも、その内部に放射線の吸収率の異なる素材がモデル的に配されていて、それを撮影することで、撮影機器の性能や画像処理のプログラムなどによる画質の良し悪しを評価します。
ご存じの通り、放射線の画像は人体を透過したX線によって投影されるモノクロの画像です。透過率は成分(材質)や密度によって変わるため、透過率が少ない骨などは白っぽく、透過率の高い空気が多い部分などは黒っぽく写ります。さらに、照射するX線の量によっても写り方が変化します。同じ骨でも、大量のX線を当てれば透過する線量も増えて黒っぽくなる。こうしたさまざまな条件を、ファントムを撮った画像から読み解いていくわけで、正確な診断のために欠かせません。
ファントムは、こうした機材の点検や性能の評価だけでなく、治療計画や放射線照射による治療プロセスの検討にあたっても重要な役割を担います。このほか、放射線技師の訓練や教育教材としても活用されているんですよ。
そもそも私の専門は情報工学で、大学では人工知能や人工生命を研究していました。ロボットの目となるカメラの画像処理などに取り組んでいたのです。
医用画像を扱うようになったのは、京都医療技術短期大学という診療放射線技師を養成する学校に勤めてからです。そこでコンピュータによる画像処理などを教えるうち、学内の先生方と共同研究を行うようになり、医用画像に本格的に取り組むことになりました。
骨だけをはっきり見るには、あるいは、がんの特徴だけを抽出するにはどうしたらいいだろう? 輪郭を鮮明にするのか、ぼかしてなめらかにするのか。そのためには画像にどんな処理を施すべきか、といったことを考え、画像処理プログラムの開発を進めたり、画像データの医療への効果的な活用法などを研究したりしてきました。
撮影機材がデジタル化されてずいぶん経ちますが、近年はAI(人工知能)のディープラーニングによって画像解析を行うなど、新しい技術が出てきています。例えば、CAD(Computer Assisted Detection:コンピュータ支援検出)の領域。コンピュータで放射線画像から病巣を見つける技術で、すでに実用化されていますが、AIの進化によって人間による検出を追い抜くほど性能が向上してきました。
私の研究では、そうしたCADが”がん”と、”がんに似た、異なるもの”とを正しく識別して抽出しているかを検証するファントムの開発なども行っています。
最近開発したのが、放射線のしくみを理解し、創意工夫をしながら学ぶことができる「XCUBEFAN」という立方体のファントムです。1辺が60mmのボックスに、1辺20mmのX線透過率の異なるキューブが3種類×9個、計27個入ります。キューブは自由に入れ替えることができ、蓋をすれば中は見えません。そのボックスを多方向から撮影して内部のキューブの配置を推察します。
キューブのCT値は0、500、1000の3種類です。CT値とはX線の吸収のしやすさを、水を0、空気を-1000として相対的な数値で表現したものです。「XCUBEFAN」をボックスに入れて真上からX線撮影すると、キューブ3個を透過したX線の量で画像の濃淡が決まります。例えば1000と0と0が重なった場合と、500と500と0が重なった場合、画像では同じ濃さに写ります。そうしたことも考えながら、キューブの組み合わせを推理し確定していくのです。一般的なファントムは中身が固定されていますが、「XCUBEFAN」は27のキューブを入れ替えれば、さまざまな考察ができます。
さらに、いかに少ない撮影回数でキューブの配置を確定するかも重要です。適切な角度で放射線を照射することで撮影回数は少なくできます。患者さんを撮影するときも、回数はできるだけ少なくしたいので、大切な訓練です。
授業では、ファントムを複数用意してチーム対抗戦も行っています。自分たちで組み合わせや配置を検討したファントムを、他チームと交換して撮影し、キューブの配置を正確に当てた方が勝ち。複数のチームの正解数が同じなら、撮影回数が少ない方が勝ちとなります。
学生たちも専門知識を活かして熱心に取り組んでいます。ゲーム感覚で使えるファントムは今までなかったため、試作をお願いした医用教材メーカーで商品化も決まりました。
しかし、せっかくなら放射線を使った課題を体験させたいと開発したのが「XCUBEFAN」というわけです。学生たちの評判もいいので、「XCUBEFAN」で大学対抗戦も計画しました。新型コロナウイルスの影響で今年はネット対戦になりますが、各大学で対戦校のキューブの中身を解析し、ネット上で答え合わせをして技術を競います。放射線科のある大学は全国に50数校あるので、いつか全国大会もやりたいですね。
将来AI のディープラーニングが病気を見つけるようになるかもしれません。しかしディープラーニングの学習には画像データが大量に必要になります。そもそも画像にがんが写っていなければAIでも見つけることはできません。どんな患者さんでも正確にがんを撮影する技術が必要なのです。そのための医療機器の維持管理も、診療放射線技師の仕事になります。
AIが進化しても、人間がやるべきところはたくさんあります。AIを恐れるのではなく、むしろ “使いこなす”ことを考えたほうがいい。そしてAIができないところを人間が頑張れば、もっとすごいことができるはずです。
近い将来、画像からがんを探すのはAIが全部やり、人間が見つけられなかったがんまで発見してくれるようになるでしょう。でも、いい画像が撮れなければAIがいくら頑張っても、がんは見つけられません。だからこそ、撮影の部分は人間がしっかり考える。技術がどれだけ進化しても、人間の創意工夫があってこそのAIだと思います。