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経済学部 河田 陽向 講師インタビュー・『マッチング理論とマーケットデザイン(日本評論社)』第68回日経・経済図書文化賞受賞を受けて

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経済学部の河田陽向講師と小島武仁教授(東京大学)による共著『マッチング理論とマーケットデザイン』(日本評論社)が、2025年11月3日「第68回日経・経済図書文化賞」を受賞しました。日本経済新聞社と日本経済研究センターが主催する本賞において、同著は経済・経営分野の優れた学術書として高い評価を得ています。
経済学とゲーム理論を駆使して設計されたアルゴリズムをもとに、現代の複雑な社会問題を紐解く「マッチング理論」。公平な社会システムをいかに構築するか。受賞を記念し、著者の一人である河田講師へのインタビューを行いました。

―「日経・経済図書文化賞受賞」発表当時の周囲の反響はいかがでしたか。

日経新聞に受賞記事が掲載されたのですが、それを見たゼミの後輩たちから連絡をもらったのが印象的でしたね。彼らは社会人で、研究の道にいるわけではないのですが、「新聞を読んで受賞を知りました」と連絡をくれました。また、これまでお世話になった先生方からも、たくさんのお祝いメールをいただきました。本を出版できるだけでもありがたいことですが、歴史ある賞をいただいたことで、先輩方も「おめでとう」と喜んでくださったのは、本当に嬉しかったですね。

―本著を出版された経緯についてお聞かせください。

共著の 小島 武仁  先生(東京大学大学院経済学研究科教授)とは、私が慶應義塾大学の院生だった頃からお世話になっています。
本書のベースとなっているのは、当時スタンフォード大学で教鞭をとられていた小島先生が一時帰国された際に行われた英語での特別講義です。当時、私も講義に参加していたことがきっかけで、「世界最先端の講義内容を、学部生が日本語で読める形にする企画」に携わることになり、最終的に一冊の本として出版しました。

―著書では、学校や研修医、保育園などの事例が紹介されていましたが、そのほかのマッチングを必要とするあらゆる場面の問題を解決させる期待感を感じました。本書の要であるマッチング理論「DAアルゴリズム」は、約60年の歴史があるそうですね。

「DAアルゴリズム」(deferred acceptance algorithm:受け入れ保留アルゴリズム)は、デイヴィッド・ゲール と ロイド・シャプレー が1962年、「College Admissions and the Stability of Marriage(大学入学と結婚の安定性)」という一風変わった名前の論文で発表したアルゴリズム(問題解決のための一連の手順)です。このアルゴリズムは、マッチングの参加者の希望をうまく叶える「安定マッチング」を短時間で見つけることができます。
マッチングの問題は、人間が存在した頃からあります。誰にどういう仕事を与えるか。誰にどれくらい報酬を与えるか。誰と誰を結婚させるか。古事記や旧約聖書にも縁結びの話が出てきますよね。ただ、現代的な課題として顕在化したのは1900年代初頭のアメリカでした。毎年数万人もの研修医を、全土にある数千の病院へどう割り当てるかという難題に直面したんです。
最初は個々の学生が各病院にオファーして、あるいは各病院が各学生を募集するという就職活動のような形をとっていましたが、そうなると就職活動の早期化という問題が起きました。まだ医学部3年生なのに、卒業後の進路を決めなければならない。数年後の自分が外科なのか内科なのか耳鼻科なのか、何に興味を持っているかなんて分からないのに、過酷な争奪戦に巻き込まれる。結果的に、学生と病院のミスマッチが多発していました。学生による内定辞退も続出し、病院側もどの学生が研修医として働いてくれるのか、ギリギリまでわからないという状況に困っていました。こうしたカオスな状況が数十年ほど続いた末に、「理由はわからないが、なぜかうまくいく方法」に到達しました。それが、「DAアルゴリズム」の原型だったのです。
さきほど、1962年のゲールとシャプレーの論文でDAアルゴリズムが発表されたと言いましたが、面白いことに、すでに1950年代に研修医マッチングの現場では同様のアルゴリズムを導き出していたのです。

―現場が先に答えに辿り着いていた、というのは驚きです。

現場の力も凄いですが、このエピソードは理論の強力さも物語っています。今、私たちはマッチング理論を学ぶことができます。新しく制度を作る国や組織はマッチング理論を活用すれば、アメリカの研修医マッチング関係者が経験した「数十年の試行錯誤と失敗の山」をスキップして、最初から「有力な解決策の候補」に到達できるのですから。

―過去の失敗を繰り返さずに、一気にゴール付近へ行けるわけですね。

実際には理論だけですべて解決できるわけではありません。マッチングに悩む現場の関係者から課題を丁寧にヒアリングし、個々の課題に沿ったオーダーメイドの解決策を提案するのがマーケットデザインです。2000年代以降、マーケットデザインとしてのマッチング理論は、教育、医療、部署の割り当てなど、さまざまな場所で応用されるようになりました。数十年分の失敗の山を繰り返すことなく、理論の力を使って、より多くの人を幸福にする社会のルールを書き換えていく。この分野には、まだまだこれからも様々な場面で貢献できる機会があると考えています。

―少子化が進んでいるといった現代的な問題にも適用できるのでしょうか。

少子化に簡単な解決策はなさそうですが、マッチング理論関連でいえば、この本でも紹介している保育園マッチングの改良が少子化対策に関係があります。現行のやり方を変えて、「DAアルゴリズム」を元にした良いマッチング方法(同著第6章で解説)を使い、保育園マッチングの仕組みを改善すれば、待機児童を減らせます。両親が働きながら安心して子どもを預けられるようになることで、出生率アップも見込めるかもしれない。もう一つは、働く人と部署のマッチングを改善することで労働生産性を高め、労働人口の減少をカバーできるかもしれません。
実際、Googleなど有名IT企業では人事配属でマッチング理論を活用しています。また、ある国内企業では新卒採用者の配属を決める際に、マッチング理論を活用する実証実験を行いました。その結果、働きがいやマッチングへの納得感が非常にアップし、離職率が0%になったという結果もあります。なぜ納得感が高まるのか。マッチングアルゴリズムは、働く人と雇う会社の双方に希望を出してもらって、その希望が噛み合うところ、需要と供給が一致するところをうまく見つけます。アルゴリズムの詳細は誰でもアクセスできる論文の形で公開されており、理論的に最適であることが証明されています。このように、非常に透明性が高いのがマッチング理論に基づく提案の特徴です。マッチングの透明性が高いので、たとえ第一希望が叶わなくとも、マッチング参加者たちの納得感が非常に得やすいんですね。
しかも、マッチング理論の素晴らしい点は、莫大な予算をかけなくても社会を良くできることです。何か新しい研修プログラムを導入したり、新しい科学技術を発明したりするのではなく、ただ仕組みを変えるだけ。納得感が高まるルールを設計できれば、1億円の予算がなくても実行に移せます。非常にコストパフォーマンスの高い解決策なんです。

―先生の授業内などで、実務的には使われていますか。

「DAアルゴリズム」じゃないんですけれども、同著の中で紹介している「RPメカニズム」をゼミのグループの作成に実際に使ったりしていますね。

―「RPメカニズム」についても教えていただけますか。

「RPメカニズム」は複数のものを人に確率的に割り当てる時のメカニズムです。例えばゼミで本を輪読するんですけど、ゼミ生一人一人にどの章を担当したいか希望を出してもらうんです。そうすると、人気の章もあれば、そうでない章もあるため、学生の希望をうまく調整するメカニズムが必要になります。
RPメカニズムは「事後的な効率性」と、最低限の公平性の要求である水平性を満たします。さらに「耐戦略性」という、「正直が最善の策になる(嘘をついても得をしない)」という強力な性質を満たします。学生たちはあれこれ読み合いをする必要がなく、正直に自分の希望を申告することが最適になるのです。

―「嘘」の話は著書でも頻出していましたね。人間は嘘をつく。これまで制度設計をする際には、人々が嘘をつくことはあまり考慮できていなかったのでしょうか。

まさにそこが重要なテーマです。ただ、ここで言う「嘘」というのは、人々がどうしても戦略的な動きをしてしまい、読み合いになってしまうことを指します。
例えば、ゼミ選び。一次募集で人気ゼミに集中し、落ちると二次募集ではもう枠がない。すると学生は「あのゼミは人気があるからやめよう」と、本当に行きたいゼミを諦める行動を取らざるを得ない。これが「嘘」です。読み合いの結果、噛み合わずに良くない配分になることが実は多発しています。
マッチング理論は、人々が「嘘」をつかなくても、つまり自分の希望を正直に言っても損をしない、安心感のあるメカニズムを考える学問なんです。

―著書の終盤の「この本の内容が時代遅れになれば最高」という結びが印象的でした。

紹介しているマッチング理論がもっと活用され、学生や研究者にとどまらず、ふつうの人々が当たり前のように知っている常識みたいになってくれることを期待しています。いわゆる一般攻撃魔法(ゾルトラーク)のようになったらと願っています。
※元ネタは漫画「葬送のフリーレン」に登場する魔法の一つ。

―先生のあとがきの流れから、「漫画好き」な河田先生の意外な側面が見えた気がして、本編の硬い文脈とのギャップに親しみを感じてしまいました。理数的分野の方から見て、漫画の構成は研究に影響するものなのでしょうか。

漫画は絵とセリフを組み合わせた総合芸術ですが、理数的な論文や本も、絵とセリフの組み合わせといえます。数式や図が「絵」、本文が「セリフ」に相当します。数式、図、自然言語が入り混じっている論文の形式は、漫画に近いと捉えています。また、漫画では、問題を積み上げていった先で伏線を回収し、ピンチから一気に逆転するカタルシスが演出されます。そのような見せ方の工夫は、本や論文を書くときに参考にできると思います。定理を説明するときは、読み手に面白いと思ってもらえるように準備します。特に起承転結は意識しますね。あと漫画でページをめくったら大ゴマがあって心が動かされるように、論文でも「ページをめくったらかっこいい定理がある」という方がグッとくる。くだらないかもしれませんが、可能な範囲でそういうことを意識しています。

―読んでいて構成がスムーズなのは、その「気持ちよさ」を計算されているからなんですね。

定義や定理自体は読めても、証明まで読み解くのは大変かもしれません。でも、それでいいんです。定理があって、それを著者が証明しているということが分かればいい。読むのが面倒なら定理だけ読んで、「あとはこれを証明しているんだな」という気持ちで読んでもらって全然構いません。この本は数学が得意な学部生や院生向けではありますが、一般の人でも「何か面白そうなことが書かれているな」と思ってもらえるように意識して書きました。

―河田先生のご専門は「ミクロ経済学」ですが、これはどういう学問なのか、教えていただけますか?

経済学の大きな柱の一つですね。特徴は、分析の出発点が個人にあることです。一人ひとりの人間や、一つひとつの企業が何を考え、どう選択・意思決定するかを分析し、その結果を積み上げて社会全体の姿を描き出そうとします。
対照的なのが「マクロ経済学」ですね。マクロ経済学はGDPやインフレ率、金利といった、社会全体を数値化した集計値の関係性を分析します。ミクロ経済学は、あくまで個人の視点から社会にアプローチする学問だと言えるでしょう。

―先生がご専門に選ばれたのは、やはり数学がお好きだったからでしょうか。

数学は好きでしたね。数学の活用先には、主に物理学のように自然現象を解き明かす「自然科学」と、人の営みを分析する「社会科学」があります。私は、人の意志をどう集約し、どう社会を作っていくかという「社会科学」に惹かれました。論理的に社会を説明できるのが非常に楽しいと感じたんです。

―学生の中には「数学」と聞くだけで身構えてしまう人も多いですよね。

そうですね。「数学的な分野だから自分には無理だ」と諦めてしまう学生さんもいます。でも、マッチング理論に関して言えば、実は複雑な計算はあまり出てきません。むしろ「論理パズル」に近いんです。公式をつかって計算するのではなく、ミステリィの謎を解くような「冴えたやり方」をひらめくイメージです。
また、私たちは、数学を一種の言語としても使っています。日本語で長々と説明するよりも、記号で定義してしまった方が、正確に伝わります。誤解の余地を減らせます。「伝える側も学ぶ側も楽をするため」に数学という効率的な言語を使っているだけなんです。

―「楽をするための道具」だと思えば、少しハードルが下がりますね。

数学は、わからない地点まで戻れば必ず理解できるものです。2次関数の最大値を求める問題がわからなければ、関数のグラフを自分で描いてみればいい。それがわからなければ、二乗の計算方法に戻ったり、もっと簡単な関数のグラフを描いてみたりすればいい。わからないことがあれば、自分が分かるところまで戻って一歩ずつ進めばいい。どれだけ時間をかけても数学のルールは変わらず待っていてくれる。数学は、本来は誰にでも開かれているものなんです。

―先生のご著書を拝読して感じたのは、個人の小さな選択から始まるこの学問には、とても「人間らしさ」があるということです。バラバラだった個人の希望が、数学的な美しさをもって調和していく過程に、深い納得感と幸せの可能性を感じました。

まさにそこがミクロ経済学的なアプローチをとるマッチング理論の良さですね。「何が社会にとって良い状態か」を判断する基準が、あくまで個々、人の幸せにあるんです。

―先生が今されていることは理論の構築ですか。それともマッチング理論を社会にどう活かすかという研究、このどちらになりますでしょうか。

どちらかというと、私の専門は「理論」なのですが、駒澤大学に所属しつつ株式会社エコノミクスデザインというコンサルティング会社のエコノミストとしても活動しています。そこでは企業から依頼を受けて、経済学を活用してビジネスの課題を解決する仕事をしており、理論を応用する活動も行っています。

―最後に、メッセージをいただけると幸いです。

この本の根っこにある思想は、世の中にある制度やルールは、与えられたものではなくて、自分たちで作っていくものである、という考えです。納得がいかない仕組みがあったとしても、受け入れて諦めるのではなくて、どうしたらうまく作り直せるかを考えてほしい。私たちをとりまく経済・社会はいま急速に変化していて、前例踏襲的な仕組みが機能しなくなっている。制度の再設計をしないといけない時代になっていくと思うんですよね。本書には、先人たちが制度の再設計の難問にどのように取り組んできたかが書かれています。
いまの仕組みをどう変えればいいか。関係者をどう説得すればいいか。こういった問題を考えるためのヒントになっている本だと思うので、興味があれば読んでみてください。

マッチング理論とマーケットデザイン(日本評論社)

Profile
河田 陽向(かわだ ようこう)講師
駒澤大学経済学部経済学科専任講師、株式会社エコノミクスデザイン エコノミスト。
2013年慶應義塾大学経済学部卒業、2019年慶應義塾大学博士課程修了。三菱経済研究所専任研究員、慶應義塾大学経済学部助教を経て、2021年から現職。
Review of Income and Wealth, Economics Letters, Social Choice and Welfare などに論文を公刊。
専門分野は、社会的選択理論と指標の設計。

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